ツイッターの続き。

4月下旬だというのに、寒い日ばかり続いていた東京だが、昨日からようやく暖かくなってきた。

今年の4月25日はあの日のように澄み切った空だった。

僕は昨日、空を見ながら複雑な気持ちを胸に抱いていた。
複雑と言っても、あの日よりはずっと整理された気持ちだが。

僕の高校生活は大抵の10代と同じようにハードだった。
小さなことで、胸が打ちのめされ、次の日には再構築を始める。
そのサイクルがとても早い10代。

でも、そのサイクルが追いつかないくらいに胸を完全に破壊してしまう出来事もある。
そこで、大抵の17歳はこう考える。

『誰もが、何かで傷ついている。自分だけが特別じゃない。』ってね。
もしくは『なんで、自分だけこういう思いをするんだろう』ってね。

そして、大きな傷だったとしても、また心の再構築を始める。
大きな穴の上に建物を建ててるのだから、またその心は崩れてしまう。
その崩れた心の上にまた再構築をする。また崩れる。

このペースがあまりに早いから、心はいつの日かすぐに憔悴してしまう。

時間が立って気付く、10代のころとは違う心の許し方を覚えた時に。例えば、異性だったり、国籍が違う人だったり、全然違うバックグラウンドを持った人を心から受け入れられた時に。

その時、初めて自分の心の弱さを知る。
すると、10代の複雑な心境が少しは整理されてくる。

こうやって回りくどく書いたけれども、まだそういう回りぐどさでしか表現できない。
それが、この事故であり、この5年なのです。

事故について、僕は今のところJRを憎んだりはしていない。
(もちろん非がないとは言わないが)
それより恨んでいるのは、僕の心の『潰れる→再構築』を加速させた何かだ。

それはきっとメディアを含んでいる。