ゆとりエンジニアはフルボッコエンジニアを経験しない?

フルボッコエンジニアという言葉が、フルスタックエンジニアの捩りで今日のTwitterを賑わせている。

実際どうなんでしょうね。

僕は2010年入社のゆとり世代なので、フルボッコになったのは会社の経営くらいでして、所謂スーパーブラック環境に身を置いたことはないです。

でもまぁ、だからと言って、良い思いだけして来たかというと、そうでもなく。

お客様からお叱りを強めに受けたり、終電逃して会社に泊まるとか、タクシーで帰るとか、ままありましたね。

でも、所謂フルボッコエンジニア達の武勇伝に比べれば、全然マシなわけですよね。

ちょうど、ソーシャルバブルがあったりで、エンジニアの待遇が大幅に改善したのも2010年頃だったりして。

甘い蜜もそれなりに吸えたのかもしれません。

ただ、それなりにキツイ環境を生き抜く力も必要だなぁと思って、、、

ストレスをモチベーションの源泉に寝るかプログラム書くか二択も経験したりしましたが。。

ストレスを必要以上に背負うと、それがコードに出るんだなぁっていうのは、その時に経験しました。

僕はフロー状態になれる時間が少ないので、もっともっとモチベーションと体調管理をして一行入魂したいなと。

フルボッコエンジニアへの憧れをここに綴っておきます。

恣意性の排除がメディアから多様性を奪う - 全てのコンテンツYahooニュース化していく

覚えているだろうか。ホリエモンが日本放送やフジテレビの買収を行おうとしていたころ、良く口にしていた言葉がある。
マスコミから恣意性を排除して、みんなが欲しいコンテンツを提供する というものだ。

テレビって視聴者にとって選択肢少ないけど、その変わりにディレクターやらプロデューサーやらが色々とバランスを考えて、番組を作っている。

一方、ネットメディアはユーザが能動的なコンテンツで、ユーザが欲しいコンテンツを選別して、Yahooニュースとかグノシーとかはコンテンツが作られる。

つまり、この記事が当たりそうってあれこれ考える手間がかからないようになっている。

アクセスランキングとかはまさにそれなわけです。

最初の頃はFacebookやTwitterでフォローするユーザも少なかったけど、最近は増えてきたので、タイムラインが総アクセスランキング状態になってきている人も少なくないはずです。

テレビやラジオでは視聴率や聴取率程度の数的な根拠は取得できるものの、ネットメディアほどのデータではとれないから、必死こいてコンテンツを作ってある一定のレベルに質を保っているんですよね。

ある意味、ネットの方が民意を反映してるコンテンツなんだけど、最近は『ネットで話題』なんつって、テレビでもラジオでも取り上げてしまう。

ネットとテレビが融合した結果、恣意性が排除されると、みんなが欲しい情報しか見つからんじゃん。。と。

だからやっぱりある程度、ネットのメディア的なブランドか、テクノロジーが発展しないと恣意性だけ取っ払っても仕方ないかなと。

まぁ、恣意性はまだまだ排除されてないとか、そういう意見はわかりますけど、最近のマス媒体のネットの使い方を見て思うことをダラダラ書いてみた。(難しい話を難しい言葉で書くと、わけわからんちぃになったので。)

なぜ?こうも日本のITリテラシーは低いか?

昨日、外国人のプログラマと話していて、聞いてみました。
実際に日本のITリテラシーってどうか?って。

まず、プログラマに限っていうと、新しい技術の情報が基本的にみんなソースが同じ。という指摘がありました。
最新技術の動向がとある雑誌に書いてあって、それでその情報を持っている。そして、その雑誌に載ってたね、どうだね、こうだね、と会話しているのが日本のプログラマ。

海外のプログラマは自分で試したことがソースになっている。だから、俺はこうだった、私はこうだった、という話し方になる。

プログラマでなくても、IT系の人間でなくても、海外の友達はRSSやPocketを使いこなしている友達が多い。ちなみに海外に仕事でよく行くような友達にも多い。

でも、僕の周りの非IT系の人間のほとんどが、RSSの便利さもPocketの便利さも知らないんじゃないでしょうか。

(まぁ、RSSを使用していることが、ITリテラシーの高さを示しているとは言い難いですが。)

これはこんなアプリないかな?と思って次々にアプリを試す文化にあるからなのかな?と思いました。

まぁ、これは文化の問題で、新しいものを試さなくても、それなりの生活がなんとなくできてしまっているからなのでしょう。

海外では日本ほど手とり足とりなんでもかんでも、やってくれないですしね。

僕は自分で調べて、自分でどうにかする力を2chの人に優しくない文化の中で、身につけました笑
もしくは、海外に出て行って生活するとかすれば、身につくのかも知れませんね。

自分で使って、自分で試して、自分で判断する。
そうできる人間を周りに増やしていきたいし、俺もそうありたい。

仕事を好きになることは誰でもできる。

好きなことを仕事にするのは、才能が必要。

でも、仕事を好きになることは誰でもできる。多分。

僕は幸いにも仕事が好きだし、好きなことを仕事にしている。

では、本当に誰でも仕事を好きになることができるのだろうか?

仕事が好きにも、 何の仕事をやるかが大事な人仕事のやり方が大事な人好きな人と仕事をしたい人 の3パターンがある。

僕なんかは結構、やり方によってはどんな仕事も好きになれるので、そういう人は結構簡単に仕事が好きになれる。

何をするかが大事な人は、かなり努力が必要だけど、好きなことを見つければ、簡単に進んでいくだろう。

誰とするかが大事な人は、誰を好きになれるかを考えて、仕事選びよりは職場選びを頑張ればいいと思う。

誰もが仕事が好きになれますように。

新卒採用で見抜くべきはここで、可能な限り自社の仕事か人かやり方が好きになれそうな人材を採用すべきかと。

今日はそんなエントリー。

本当の強さとは何か?

僕が常に考え続けてること、それは 本当の強さとは何か? ということ。

この問いは自分の中に、小学校1年生の頃から常に持っている。

小学校の頃の自分の答えは、二つの力が揃っていること。

体の強さと心の強さ。言い換えれば肉体的な強さ、精神的な強さと言えるだろう。

体の強さの方が、心の強さより、大事。

心がいくら強くても、喧嘩に負ければ意味はない。

次に大学生の頃の答えは、3つ。

肉体的強さ、精神的強さ、社会的強さ。

肉体的に強く、精神力があっても、周りが認め、信頼されなければ意味がない。

そして、今思う、本当の強さとは何か。

肉体的な強さ、精神的な強さ、社会的な強さ、そしてそれらを高め続けられる強さを持っていること

同じようなことを神様もおっしゃっている。

勝つことは難しい、勝ち続けることはさらに難しい、一度手放したものを取り返すのはもっと難しい

ー川上哲治

同じ志を持った人がたくさんいれば、世の中は楽しくなるだろう。

そういう仲間を作っていきたい。