大言壮語も吐いてやろう

今日はプライベートで行っている勉強会があった。

そこに会社の後輩君を招待した。
そして勉強会の後に、少し彼と話してみた。
このような休日の社外の勉強会に呼ばれたらやってくるような意識の高い後輩だ。
すぐに僕なんか抜いていってしまうかもしれない。

でも、彼も僕が1年前に抱えていたような悩みを抱えていた。

目の前に現れる事務作業の山。
それをなんなくこなす先輩。
次々とミスをする自分。
そんな目の前のことをできない自分。

おそらく彼がイケテいる学生だったときは、この事業はこうすべきだとか、
こうすればもっと収益が上がるとか、おもしろいアイデアを創出するにはこうしたらいいとか、
アイデアががんがん思いついただろう。

でも、今は自分の実力を思い知り、まずはそれよりは目の前のことができるように。
と思っているようだ。

確かにそれはその通りだし、ルーチンワークができないような社員は本当に使えない。
事務作業ができない仕事ができるやつはおそらくいないだろう。

でも、今は新人なのだからできなくて当然と割りきってしまってもいいと思う。
それよりは事務作業で失敗しやすいところとか、なぜこんな2重処理をしなければならないのかとか、
そういう疑問に思った部分を心に止めればいいと思う。

心配しなくても、毎日やるルーチンはしらないうちにできるようになる。
「繰り返しマジック」だ。 

それは日々の業務の中で必死に改善していけばいい。

ただ、これらの問題はミクロな問題だ。
こんな問題は自分の出世や成功とは程遠い問題だ。

実際はこんなミクロな視点で見ていたら、自分の市場価値は一切向上しないだろう。

僕が「エンジニア」という仕事に疑問を感じながらも、毎日必死でもがいていたときに、
とある勉強会に参加した。

その勉強会は全員が何かのテーマを発表しないといけなかった。
持ち時間は5分。僕はその場にモバイルのプロとして、これからのスマートフォンを語った。

_ーなにやってんだ。
学生時代に考えていた自分の考えの方が、まだしっかりしていたかもしれない。
学生時代の方がまだうまく喋れていたかもしれない。

ーこのままじゃダメだ。
もっと市場に関心を持たなくては。
そして、エンジニアと胸をはって言えるようにならなければ。_

この屈辱で僕は気づけた。
今までやってきた数100を超えるgoogle readerを読む習慣は間違ってなかった。
その証拠に、他のプレゼンにあった知識の半分くらいは聞いたことがあることだった。

これを自分の強みとして育てていかなくちゃ。
決して、明日の業務に役立つわけではないけれども。

業務だけで自分を評価すると、会社の中での成長しか見ることができない。
上場しているとはいえ、小さな会社の中での一喜一憂だ。
そうなったら、そこで終わりだ。

そんなやつだらけの会社になったら、それもも終わりだし、
サラリーマンとしての市場価値もとんでもなく低くなってしまうだろう。

会社の中での評価や、自分がうまくいっていないことはそっちのけで構わない。
いや、1年目の新人が失敗するのなんて当たり前だから、それはそれで努力するとして。

1年目の新人なのだから、ガンガン大言壮語を吐いていいと思う。
そして、そのためにプライベートでは会いたい人とガンガン会って、
新しい価値観とか知識を吸収するなりしていくべきだ。

俺はもう新人でも若手でもない、ひとりのプロのエンジニアとして、 TheSalarymanになろうと思う。

そういう自戒を込めて、11新卒へ捧ぐ。

やっぱりこの記事に反応しないわけにはいかなかった。

昨日ツイッターでも話題になったこの 記事にはぼこぼこに打ちのめされた。

僕はまだThe Slarymanにもなれずにいる。
まだ僕は人や自分、はたま時間やお金、その他のものとのコミュニケーションを自分の中で探求する段階にいる。

本当ならば、今の自分に不甲斐なく感じ、徹夜でプログラムを書くなり、
ネットワークを構築するなり、ビジネスプランを書くなり、、

なんでもやることがあるはずなのに、ライフログに入るかすらもわからないアウトプットを垂れ流す。

でも、そんな少しネガティブな自分も受け取ることができていることが成長なんだよ。
俺にとっては。弊社の株価くらいは言えるはずだけど、他社の社員さんを十分に喜ばせる話ができるだろうか。

不安いっぱいになりがなら、Google ReaderとTweet Deckを垂れ流している。
違うだろ、お前プログラムを書くべきだろ?と思いながら。

ITにホスピタリティをインストール

今月から意識的に週末を充実させよう計画を実行している。
簡単に言うと有償のセミナーに参加して、隔週の日曜日に講座を受けている。

そして、できるだけその人達と時間を共有するようにしている。
セミナーのない週はランチ会を開催して、それぞれの進捗などを報告している。

本当ならば、ここは似たような志を持った人たちで集まるべきなのかもしれない。
起業したいとか、IT系とか。

でも、今はコミュニケーションを勉強中。
結局われわれITの仕事はコミュニケーションで人を豊かにする仕事だと思っているから。

僕の仕事に対する理念は「ITにホスピタリティをインストールする」ことだと思っている。
ここを忘れた状態で、プログラムは書けないし、ディレクションもできない。

さぁ、明日から次の1週間だ。
気合入れていこう。

就活のための就活で何が悪い?

就職活動は内定がゴールではない。

っとはよく言うものの、これは間違っているのではないかと思う。
正直、就活は内定がもらえなければ意味が無い。
徹底的に自己分析して、徹底的に業界研究してしまうと、どんどん企業の選り好みをしてしまう。

それだったら、内定をもらうために就活したほうがいいんじゃないかと思う。
内定をもらうためのコツはいくらでもある。
超難関企業ではそれも難しくなるかもしれないが、テクニックに終始するのも悪くない気がする。

自己分析はやりすぎると、本当に自分のやりたいことをやってしまう。
でも、それって難しいことだと思います。

だいたい就活支援してる人って、自分が本当にやりたいことを見つけろっていうけど、、
そんなこと見つかるわけないと思う。

だって、たかが就職ですもの。生き方のひとつに過ぎません。
大学生ばかりと付き合ってると狭い思考に陥るので、田舎のヤンキーとか社会人とかもコミュニケーションとることですね。

うん。

なんか、今日すごい感じたことなので、書いておきます。

UIにこだわるとは?

今日の朝ツイッターで『UIにとことん拘るエンジニアになる』ってつぶやいた。

でもでも、今日は朝から訳あり環境を構築し、その後もサーバのセットアップ系の業務をひたすらやり。
最後にはSQLをぽんと出力して帰ってきた。

意外とこういう仕事も疲れるもので、『お疲れ様っ』と
会社を出るとき自分のiPhoneに残っていた自分のつぶやきを見て笑ってしまった。

しかし、今日の朝に私が覚悟した『UIにとことん拘る』という決意は無駄だっただろうか?
今日に限っては、その決意は無駄に終わった?

UIにとことん拘るとは、1行のコードにとことん拘るということだ。
無駄な書き方をしていないだろうか、処理がスムーズにいく設計だろうか。
そういうことの積み重ねが洗練されたUIを産むだろう。

決して、昨今もてはやされているRIAのようなものだけが、UIではない。

地味な作業も美しさを意識することこそが、ユーザにとっても美しいサービスを提供しうることに繋がるのだ。

と、自戒の意を込めて書き残しておく。