恣意性の排除がメディアから多様性を奪う - 全てのコンテンツYahooニュース化していく

覚えているだろうか。ホリエモンが日本放送やフジテレビの買収を行おうとしていたころ、良く口にしていた言葉がある。
マスコミから恣意性を排除して、みんなが欲しいコンテンツを提供する というものだ。

テレビって視聴者にとって選択肢少ないけど、その変わりにディレクターやらプロデューサーやらが色々とバランスを考えて、番組を作っている。

一方、ネットメディアはユーザが能動的なコンテンツで、ユーザが欲しいコンテンツを選別して、Yahooニュースとかグノシーとかはコンテンツが作られる。

つまり、この記事が当たりそうってあれこれ考える手間がかからないようになっている。

アクセスランキングとかはまさにそれなわけです。

最初の頃はFacebookやTwitterでフォローするユーザも少なかったけど、最近は増えてきたので、タイムラインが総アクセスランキング状態になってきている人も少なくないはずです。

テレビやラジオでは視聴率や聴取率程度の数的な根拠は取得できるものの、ネットメディアほどのデータではとれないから、必死こいてコンテンツを作ってある一定のレベルに質を保っているんですよね。

ある意味、ネットの方が民意を反映してるコンテンツなんだけど、最近は『ネットで話題』なんつって、テレビでもラジオでも取り上げてしまう。

ネットとテレビが融合した結果、恣意性が排除されると、みんなが欲しい情報しか見つからんじゃん。。と。

だからやっぱりある程度、ネットのメディア的なブランドか、テクノロジーが発展しないと恣意性だけ取っ払っても仕方ないかなと。

まぁ、恣意性はまだまだ排除されてないとか、そういう意見はわかりますけど、最近のマス媒体のネットの使い方を見て思うことをダラダラ書いてみた。(難しい話を難しい言葉で書くと、わけわからんちぃになったので。)